robeのブログ

わたしもあなたの中のひとつ

続・女の子と付き合うことになった

この前の記事の続き。

 

その可愛いAちゃんから来たメールのお返事は、「私はその人の名前を書いていないのに、なぜか最後カップル成立にされた」というものでした。

正直驚いたし、それはなんというかまあ不憫だと思ったし、運営側さんの配慮はどうなんだとも思ったが、結局そのAちゃんはそのタチさんから逃げ切ったようで、「物凄くグイグイで大変でした汗」とのことだった。まあ、笑い話になった感じ。

 

結局そのメールが元で、今度お茶でも、という話からそのAちゃんと私のなれそめは始まるわけです。一旦はドタキャンされてしまって私は結構へこんで返事もそこそこになって空白が生まれるわけなんだけど(後日、これは本当に仕事だったということが判明)。

その後一月くらいして彼女から再度メールがあり私もそれに応えようやく二度目の対面となったのです。それからほどなくして、「お付き合い」を始めることになりました。

 

なんか、女性とのお付き合いも初めて、こうした流れも普通に考えたら早いんだろうけど、自分の中でこれくらい早く進めていかないと、「友達」との違いは生まれないんだろうなと思って。会う頻度もそれほど多くなくむしろ少ない(相手が多忙)ことを考えたら、思い切り大またの第一歩を踏み出してしまえと思ったの。

 

色々思ったことはあれど、

●女性同士だろうが、男女だろうが、「強引さ」にはそれ相応の魅力が必要

 

ということは痛感しました。

とにかく相手が欲しい人もいるとは思うけど、やっぱり魅力を感じる人とお付き合いしたいと思ったら相手を少しは知ってからがいいし、あと容姿の部分も外せなかったりするなあと思いました。でも、これはあくまで時間を多くかけないパターンなのかな。少しずつ時間をかけて知っていけば、容姿なんて気にならないもんなのかもしれないです。

 

女の子と付き合うことになった。

大変ご無沙汰してます、robeです。

 

突然ですが、「女の子」と付き合うことになりました。

ちなみに私は女性です。

本当に、出会いって突然くるもんなんですね、和正・小田ですよ。

 

今まで30幾数年生きてきて、「あれ、もしかしたら、女性に興味があるかも」「私、○○(女性の名前)がすごく気になる」という思いを抱いたことは多々あったけど、結局一歩は踏み出すことはなく、同性とのお付き合いをしたことはなかった。

けれども自分の身の回りに、女性とお付き合いしている女性というのは何組かいて、それ自体何にも奇異なことには思わなかったし、卒論をイギリスのレズビアン文学で書いている私からしたら、「LGBT」っていう言葉がこれだけ世間で取り沙汰されるようになる前から、「ジェンダーとは」「同性愛とは」っていう命題はずっと自分の心の中に、常に興味の対象としてあったのです。

 

これは私が、女性だけのパフォーマンスグループにいることと、きっと無関係じゃないんだろうな。あ、別に変な意味じゃなくてね、女性の共同体というものに惹かれるんだろうと思う。

 

*    *    *    *    *    *

 

出会いは、つい3ヶ月ほど前。都内で行われた「L」(ちなみに、レズビアンのことをL(エル)と良く呼びます)の人のための合コンに参加したんです。

いや、これ、自分でもかなりの勇気が要りました。ネットから応募するんだけど、「どうしようかな、やめようかな・・・いや、でもやっぱり一度は行ってみたい・・・!」勢いに任せて参加するボタンを押しましたよ。

そして参加が決まった時点で自分のスペックを聞かれるんです。年齢、髪型、自分の体型や自認(ネコかタチか)、好きなタイプ、などね。唯一名前だけは「あだ名」でいいみたいな笑。勿論自己申告だから好きなこと書けちゃうんだけど、ああいう場にくる人は皆かなり真摯に書いたと思いました。会ったら大体バレちゃうしね。そして後で気づいたけど、全項目埋めなくても良かったというね・・・中には結構空欄の人もいて、そっちの方がミステリアスさんじゃん~・・・と後悔しました笑

 

※あ、ちなみに「タチ、ネコ」というのはこの世界では「男役、女役」「責め、受け」的な意味合いで使われます。大体は「ショートヘアでボーイッシュ」なのがタチで、「フェミニン」なのがネコ、というくくりみたいなのだけど、見た目と反して「タチネコ」(ボーイッシュなネコ)「フェムタチ」(フェミニンなタチ)さんらもいるようです。(この辺りの話は書くと長くなるし、私自身あまり詳しくないです、から割愛。)

 

システムは、おそらく男女で行われる「婚活パーティ」?的なものをすごく踏襲してると思われました。(行った事ないけど)

最初は指定の席に座り、4人くらいのテーブルから、時間が来るとタチ側が動いて別のテーブルへ。私は、一応自分を「タチ」と自認して行ったのですが、物凄く周囲から「中性」だと言われました。ボーイッシュよりも中性らしい。

だけどだからといって「ネコ」側に座ってたらそれはそれで違和感だったと思います、自分的にも周囲的にも。うーむ、奥深い・・・

 

そして出会ったのが、今回お付き合いすることになったAちゃんです。

彼女はその中でも非常に目立った「ネコ」さんでした。とっても美人さんでお洒落さんで、実際一人の「タチ」さんに、見ているこちらが引くくらい言い寄られていました笑。この後飲みに行こうだとか、家はどこだとか、男性でもこうはグイグイいけないだろうというくらいロックオンしており、美人さんはこの世界でも人気で、そして大変なんだなあ・・・とその光景を見て人事のように思っておりました。

 

そしてそのパーティは最後、ピンときた人の名前を2~3人ほど書いて、それが互いに合えば「カップル成立!」となるシステムだったんですが、私は他の子とカップルが成立しました。そのお相手の方はネコさん側にいたけど比較的ボーイッシュですっきりとした容姿の話しやすい子で、たまたま共通の話題があって、この後もお話したいなあと思って名前を書いたら見事に合ったんですね。

そして、そのAちゃんの名前も実は書いていたんですが、その当人はなんとその「グイグイなタチさん」と結ばれておりました。私は正直驚きましたよ、なんとなく「迷惑そう」な表情を感じていたので、「へえ~意外、ああいうタイプ苦手そうに見えるけど、最終的にあの人の名前を書いたんだ」って。そして終わるや否やそのタチさんに肩を抱かれるようにして駅の方に即効歩いていきました。

やはりどう見ても気持ちがノッているようには見えないなあと思いながら、私は自分とカップル成立した子とその後お茶しておしゃべりして帰りました。

(このときに、「ここでお茶して仲良くなって、普通なら『お友達』になりましょう!」なんだろうけど、この場合はどうなっていくのが自然なんだ?とか思ったりしてました笑)

 

そして帰り、そういえば何人かと連絡先を交換した中に、先ほどのAちゃんも含まれていたんです。私は「今日は緊張したけど楽しかったですね~お互い成立してよかったですね!」とメールしました。今思えば、おそらく私の中に疑問を解決したい想いがあったのでしょう笑 すなわち、「アナタ本当にその人が良かったの!?」という疑問を笑。

 

すると、彼女からすぐに返事がきたのです・・・

 

続く

選ぶ基準とはなにか

どうも。robeです。

 

今日はお天気がよく、本当にうれしい。

いつもは社食だけど、こんな気持ちのいい昼には少し外に出て、ランチなら驚くほど安いホテルの中の中華のお店に行って、ランチメニューを食してきましたよ。

(最近気づいたんだが、わたしは「おもてなし」をされるのがとても好きなんだということ。だから安かろうが、食べてすぐに出なきゃいけないラーメン屋とかには良く気になれんのだな。ここでいうおもてなしとは、分かりやすくサーブされる感じね)

 

今日書こうと思ったのは、二つのことで迷ったときのこと。

 

 

月末の日曜日に、わしの親友の子供がバレエの発表会なんですよね。まだ4歳なんだけど。

前々から「良かったら観に来て~」と言われていて「行けそうだし行くよ~」と言っていて。そして勝手に昼間なんだろうなと思ってた。

そしてつい先日、2ヶ月前くらいに知り合った人から、芝居のお誘いを受けて。これは、その同日の夜。その芝居の内容と、なによりコンセプト?みたいなものにものすごく興味があったから、「行きます!」と返事をして。

この日は昼・夜と、2軒もステージをはしごかあ~とか思ってた。

 

だけど昨日バレエの時間帯を聞くためにメールしたら、「え?本当に来てくれるの!?まさか本当に来てくれるとは思わなかった!」と言われ、喜ばせたのちに、発表会も夜の時間帯と聞いて。

あちゃ~~・・・・となったわけです。

 

そして私が最初にとった行動はね。

その「芝居」の方を優先しようと思ったんです。

(この時点で??となる人はなるんだろうな。わしの人間としての未熟さ・酷みがこれから露呈されてくるので、読みたくない人はここから回り右してね。そんな人いないか)

 

 

理由は、

①観たい物としては、後者の「芝居」の方がずっと興味があった

②親友は多分許してくれるだろうと思った

 

①に関しては、まあ、単純に観劇をする対象として、「どちらが見たいか」という部分だけでのみ計って。もしバレエの発表会が「親友自身」が出るものだったら迷いなくそちらをとっていただろうと思います。だけど、まだ小さい子供のだから、若干興味が低くなったのはある。

そして何より、お芝居の方のコンセプトがね、ちょっと興味のあるものだったんですよ。是非、見てみたかった。なにより「行きます!」言ってしまった、というのもある。

 

②に関しては、これは完全に感情の問題で。

「どちらの気持ちを優先するか」なんだけど、それって違う見方をすれば

「どちらがよりこちらの気持ちを汲んでくれるか」を推し量ってるんだよなって。

 

 

思ったんですが、こういうとき私は、「どちらに断りの連絡を入れるのが苦じゃないか」を考えているんだなと気づいたんですよ。

そうすると、長い付き合いの友達には断りを入れやすい、と自分の中ではなってしまった。

 

 

でもここまで書いて思ったんだけど、やっぱり最初から、親友を選んでおけばよかったんだなと思いました。まじで。

「こっちのが見たいから」「親友は分かってくれると思ったから」

その感情を優先させようと思ったのですが、

結局どこか「罪悪感」めいたものを感じていたんですな。(汗)

 

あとで後悔(重複承知)するのが、やっぱり嫌だなあ・・・と。

 

 

で、悶々として。

最後に決め手となったのは

 

どちらのほうをより喜ばせたいか、で考えてみた結果、親友の子供の発表会をとりました。

 

どっちの方が見たい・行きたい、どっちの方が気心が知れてる・知れてない、

この基準で選ぶんではなく、

「どちらをより喜ばせたいか」

この言葉が自分の中で生まれたとき、なんかしっくりきて。(今回の場合においては)

 

これだけの理由で一旦は芝居の方にいくとしながら(その人には「観にいきます」宣言をしておきながら)、最後はどんでん返しという。

どちらに対しても不義理なことをしてしまった。

最終的には親友はすごく喜んでくれたけど(行く事にしたことをね)、お断りをいれた彼女からは最初何の返信もなく、すごく悲しくなってしまったんだけれど、すぐお返事がきて「全然大丈夫です~」と言ってくれたのでほっと一息。

((ありがとうね、●○ちゃん。ごめんね●○ちゃん。次回があるのを楽しみにしてます)

 

一件落着、という感じなんだけど、思いましたよ。

優先したことを後悔はしなくても、切り捨てた方のことはやっぱり気にかかってしまうものなんだな、と。

 

100%これでよかった!というのはありえない、どちらかを取るということは、選ばなかったもう一つへの思いを抱えていく、ということなんだなと。

それは後悔とは少し違って、云うならば自分の選択に責任を取る、ということなんだろう。

 

なんかね、これからもこういう板ばさみがたっくさんあると思うんだけど(というか、これは序の口)、

このことは肝に命じなきゃなと思った次第です。

 

 

そしてそしてさ、ここまで書いてすごく腑に落ちたけど

わたし、「友達の子供の発表会」にほとんど興味がない、ってことが今回の一番の

肝だった気がして仕方ないわ笑。

 

乱文だけどこれにてドロン。

 

 

 

これからどうする?

そのものズバリな題で。

どうもrobeです。

 

またまた間が空いてしまいましたが、お久しぶりです。

あっという間に4月も半ば、早い早すぎる。

気がつけば花粉の症状が出てない!

人はノーマルな状態(鼻水も目もかゆくない)になっても、「直った!」とは中々気づかず「あれ、なんかいつの間に楽になってた」と後で気づくもんですね。

こういう嬉しさを本当はもうっと噛み締めたいんだが・・・

 

今、仕事が落ち着き(平時の、かなりらく~な状態に戻りました)

そして色々また考え事も出てきました。

 

とりあえず、現在土日のどちらかは、来る5/13(日)豊洲駅前のイベント本番に向けての稽古になっています。

ちなみに私が仲間と活動しているパフォーマンスチームの名前は「Oggi the Party」といいます。呼び方は「オッジ・ザ・パーティー」。

歌ったり踊ったり、見ている人を、ハッピーにしたい。

そんな団体です。

お見知りおきを。

ameblo.jp

 

さて。

今後のこと。

 

今後とはこの先の、自分の「生活」

それを成り立たせるための「仕事」を、どうするか。

 

ちょっと前のブログでもうすく触れたかも?なんですが、私の職場があとどれくらい持つかが微妙なとこで。

契約としてはとりあえず次の9月までは生きてて、その後の更に半年更新があるかどうか。なんとなくあるような気配はあるんだけど、分からない。

それになにより、あと1年しないうちに私は35歳になる。

「35歳はおばちゃんか否か問題」という論争を昨日ネットで見てしまい。

 

『おばちゃんと言う人は、なんでも年齢のせいにする人が多い気がする』

『35歳をおねえさんだと思い込んでる人より、ちゃんと自分を分かってると思うよ』

『人によってはおねえさんに見えるしおばちゃんにも見える年齢。でも世間的には子供がいたり、子供がいなくても甥・姪が普通にいる年齢だから、子供からみたら「おばちゃん」だよね』

 

いろんな意見がありましたが、総じて、「もう、若くはない」んだなという見解。

年とは思わない、でも、決して「若いですね」とは云われない年齢。

誰かが言ってたが、30歳になるときは特になにも思わなかったが、35歳になるときは本当に色々な感慨があったと。

多分それは、40歳がなんとなく見えてきて、自分の来し方とかこれからを漠然と不安に思ったりするからなんだろうなあ・・・最近本当に思う。

 

この10年、特に何もキャリアを積まないまま来てしまった。

やってきたことといえば、上のオッジと、20代中盤は歌、だけ。

そして会社勤めは最初のブログでも書いたけど、短期や長期の派遣を繋いで繋いできていまここ。特にスキルになるようなものも身につけず、後半は入っては辞め入っては辞めしてしまった。ここにいたくない、そう思ったら1週間で辞めてた。

 

twitter.com

 

これを読んで、ふと立ち止まる。

人が普通にこなしていることをこなせない自分にも何か転じることがあるのだろうかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

病弱なrobe、まきむぅに会いに行く。(後編)

めっちゃ間が空いてしまいました。

ああ、なにはなくとも「続けたい」という意思の下、始めたブログなのに。

しかしここで放置しては勿体無い。

こんな辺境も辺境なブログに、もし一人でも待って読んでくれている人がいたらその人にも読んでもらいたいし、なにより自分自身に向けて。

 

せっかくなので、まきむぅの後編をば。

 

その日は暖かい日が続いた最中の、冬の戻り日で冷たい雨が降っておりました。(もう2週間以上経っちゃった・・・)
下北沢のお洒落なブックカフェ?みたいなところに、ぎっしり敷き詰められた椅子に人がぎっしり。

その日は「文月悠光(ふづきゆみ)」さんという方の新刊発売記念で、まきむぅはどちらかというとトーク相手として出演、だったようですね。
でもなんとなくですが、まきむぅさんファンも半数はいたような気がしました、体感的に。

 

(注:ここから完全にまきむぅのお客視点で書かれます。文月さんファンの方がいたらごめんなさい。)


まきむぅ、生でお会いすると瞳がキラキラしているなあというのが印象的でした。やっぱり何かを発信しようとしている人は、目が違うのかなあ。

まきむぅのファッションがまた個性があって可愛かった~
ピンクの羽織が、なんでしょ、形が「赤毛のアン」とかに出てくるような貴婦人のジャケット、みたいな形?

19、20世紀のヨーロッパの女性のジャケットの形っていうんでしょうかね、ノーカラーのピンクのジャケットに、ハットを被っていました。なんかとってもご本人のこだわりを感じられる装いでなんか嬉しくなってしまった。着るものにこだわりがあったり、好きなものがはっきりしている人ってわたしなんか好きなんですよね。

全体的に本当に、本の中の人、みたいでした。

 

そこで、いわゆるトークショーがスタートするんですが、私が終始思ってたこと。

「まきむぅって・・・話が上手だなあ~・・・・」

 

なんかね、お相手の方がどちらかというとそれほど巧みな話者ではないように見受けられて(ごめんなさい、ディスってませんよ。)、でもそれもまた「詩人」らしいなあ、というか、ご本自体も、「臆病な詩人」と銘打ってあるとおり、とても「生きるのに不器用な人」というイメージを持ったんですよね。(あ、でも、そこでお話をされている姿は、本当に良い意味で「どこにでもいる20代の小奇麗な女性、という感じでした)


なんにでもどこにいいても「試されている気がする」という文月さんに対して、
「それはどういうことなのか」
「そのような人格が形成されたのはどこに端を発するのか」ということを知りたいがために、まきむぅは一生懸命会話の中で、見つけていこうとしているように見えました。

なんかこう、文月さんの話を聞いている人が自然と知りたいと思うだろうことを、客と同じ目線に立って、だけどトークする側として盛り上げつつもその方を掘り下げていこうという果敢な意思がものすごく見えたんですよ。

まきむぅはとても優れたインタビュアーなんだなあという感想をもちました。

 

そして時折、その方が「私だけじゃなくまきむぅさんのことも話してください」と振ってくださったりする中で、興味深かったまきむぅの話を。

 

・まきむぅは昔、モー娘が大嫌いだったという話。

カミングアウトしていない頃、の話だそうです。

「最初にカミングアウトしなくてはならなかったのは、自分自身だった」ということをまきむぅは書いていますが、可愛い女の子たちに対する自分の眼差しへの、強烈な裏返しなんですかね。なんか印象に残った。

 

・まきむぅは、オーディション会場で「総合審査委員長」になろうと思ったという話。

タレントとして沢山のオーディションに出向いていたころ、そりゃあもう沢山のNGを突きつけられる日々だったそうです。自分の目の前で点数をつけられ、査定され、否定される。とにかく嫌で辛くて仕方なかったけれど、あるときからまきむぅはこう考えるようになったそうです。

「この会場で、目の前の人たちが私にどれだけ低い点数をつけようと、最後に私まきむぅが総合委員長になって満点をつけよう。『1点、3点、4点・・・そして委員長がだした総合得点は、・・・100点!』とすればいいのだ」と。

人から下される強烈な否定から、完全な自己肯定で身を守る、という考え方ですよね。これ、言うは易しだなあと思いつつ、それを実践してかつ「実際に身を守った(守れた?)」まきむぅはすごい(私は多分そこまでいけないな・・・)

 

・幼い頃からバイオリンをやっていた文月さんがその発表会に向けて準備を入念に行ってた、ということに対して、「つまりその感覚のまま大人になったのかな?常に試されている感覚があるって言ってるけど・・・今は毎日が発表会じゃなくていいんだよ!」って言ってたこと。

毎日がはっぴょうかい・・・なんだろう、すごくギュウとした。

この言葉のもつ息苦しさよ。

 

こんな感じですかね、意味合いはちょっと違ったりしている部分はあるかもしれないですが。

 

なにせ時間が経ってしまったもんで、すこし記憶が薄れてしまってるところがりますが、きったない字で走り書いたメモを解読しながら掘り起こしました。

 

最後にサイン会で、その場で買ったまきむぅの「ハッピーエンドに殺されない」に、似顔絵とサインを頂きました。至福。

そして会話ができるその時間、「名前はrobeでお願いします」とお伝えしたところ、「なんでrobeなの~?」と天使の微笑で聞かれ、なんの面白い回答も用意しておらず、あっけなくタイムアウト。なんでもいいから印象を残せるような答えを用意しておけあの日の私よ・・・

そして目の前でわたすの顔を見て似顔絵も描いてくれたのです。(もうすこし小奇麗な格好とメイクをしていけあの日の私よ・・・)

 f:id:robelove:20180326180925j:plain

 

宝物。

 

まきむぅ、これからも応援します。

病弱なrobe、まきむぅに会いにいく。(前編)

例えばテレビの向こう側の人が、目の前に現れたとき。
例えばドームでそのゴマ粒ほどの姿を、オペラグラスで追いかけたその人が、自分のパーソナルエリアぎりぎりにきたと考えたとき。

 

ちょっと大袈裟かいな。

 

私が昔から会いたいと思う有名人は、

ダウンタウン柳沢慎吾さん・KinKi Kids 


と、それほど変わらないのですが。(ざ・ミーハー)

 

今回、生で会えてちょっと感動した人がいます。

 

 

この『ハッピーエンドに殺されない』の著者。

まきむぅ」、こと、牧村朝子さん。

この刺激的なタイトルが、またね、そそりますでしょ?

読んでみたくなりませんか? 読もう。

 

 

まきむぅとは?

 

タレントであり文筆家です。
私が彼女を知ったのは、LGBT関連の記事をネットサーフィンしていたときに偶然彼女のつぶやきがひっかかってきたのだったかなあ。きっかけはあまり覚えていないのですが、彼女の知性・考え方・文章の魅力に一気に惹きつけられてしまい、しばらく彼女のブログやtwitterを探しては読んでいました。(ちなみに私はtwitterは読む専門)

 

twitter.com


彼女は世間的には「レズビアン」ということを公表している数少ないタレントさんです。そしてまきむぅの夢は「将来、女の子同士のカップルから『レズビアンってなあに?』って聞かれること」だといいます。←もう、この表現が素敵。


レズビアンだと分類されることは受け入れるし、自己紹介の時も必要なら「レズビアンです」って言うけど、アイデンティティとしてことさら「レズビアン」という言葉を掲げたり、胸を張ったりしない。レズビアンである前の自分自身を生きることにしたんです”

(著書『百合のリアル』より抜粋)

 

まきむぅは、声高にLGBTの権利を主張するアクティビストではない、と思います。

(注:そういう方を否定するものではありません)

 

プラカードを掲げてシュプレヒコールをあげて通りを練り歩く、自分にはそんなことは出来ないと、古い1Kのアパートに引きこもっている悩めるLな女子に「いいじゃんいいじゃん、もうあなたのままで。人生楽しく生きなきゃ損じゃない?」って、肩を抱いて軽やかに外に連れ出してくれるような、謎の美女、といった感じでしょうか。

(余計に意味不明か)

そして私はそんなお姉さんをとっても素敵だと思うし、連れ出されてみたいと思う。

 

 

 

同じ時代を生きてるあなたとわたし

みんな違ってみんないいのだから

なにをそんなに区別したがるの?

知らないことは教えあえばいい

気に入らないことはきちんと伝えたらいい

 

そういう、人として基本的な対話を、もっとも~っとしていきましょうよ!!って、そんな風なことを、まきむぅは文章やトークショーやメディアを使って、発信してるんじゃないかなあと思います。

 

・・・私は「自分が恋愛・性欲の対象にするのは女性なんだ」ということを自分自身で受け止めるまでに、12年かけています。でも、もし世の中がもう少しましだったなら、その12年を別のことに使えたわけですよね。・・・そういう時間をもっと別のことに使える世の中を次世代に残したいと思って、文章を書いています。

「LGBTのショートカットの道を作って消えていく人になりたい」牧村朝子さんの生き方、働き方 - はたらく女性の深呼吸マガジン「りっすん」

抜粋)

 

↑まきむぅが今、人前で話す・文章を書く理由。ですよね。

 


そんな彼女を、一目みたくて。

最悪な体調をおしながら、雨の降る夜の下北沢を歩いたのでした・・・

つづく。。。

robe、人生で二度目の救急車に乗る。

前回の記事、「ぎっくり首」発症から、まもなく1週間が経とうとしています。どうもrobeです。

 

しかしこの短期間の間に夜間の救急病棟にお世話になったりもしました。てへ。

 

 ・・・・・

てへじゃねーよーー

もうほんっっとうに踏んだり蹴ったりだよーー(怒泣)

GAOさんのLIVEチケット、ムダになっちゃったしよーーー

行って実物を拝見したかったのに、歌、聴きたかったのに・・・

くそーーーーー

 

厄年か?厄年なのか?いやもう終わったし?なんだ変な霊がついてるのか?お払いいくべき?

・・・

いや、単なる不摂生・暴飲暴食の成せる業だったのでしょう。

おそらくね。

 

*   *   *   *   *

しかし、ことは突然だったのですよ。

夜中とにかく気持ち悪くて目が覚めて、そこから下痢は止まらないし、嘔吐感がひどくて洗面器にずっと頭突っ込んでは(しかし私は吐けません。嘔吐恐怖なのか、小さい頃は乗り物酔いで、ものすっごい吐けたのに。。@遠足)

もうどうしようもなくなって、ちょっと大袈裟だけど、「あ、やばい」とか思って、ついに夜間に109を回してしまいました。税金を使ってしまってすみません。(高校生の頃、食中毒で一度救急車で運ばれた経験アリ。その記憶もあったと思います)

 

そして夜間救急に運び込まれて(余談だけど、救急車のサイレンってやっぱり消してはくれないのね。。電話したときに静かに来てくれますか?って頼んだけど、断られちゃった)、点滴などの処置を受けながら検査をするもおそらく食中毒ではなく、ウィルス性か細菌性の急性胃腸炎ですね、と。そして一応インフルの検査をされるも陰性、しかし発症からまだ間もないので陰性が出てる可能性もありますと言われました。

・・・・

そして朝の7時に病院を出ました。しかしまだ高熱だしフラフラな頭でタクシー呼んで4時間ぶりに自宅に帰還。請求額は約9000円。。点滴と血液検査だけでこれだけいくか~~

・・・たっかくないですか。そうでもないんですかね。

家で寝つつも熱が中々引かず上がっていくばかりだし、関節痛が辛すぎるので、インフルを疑い、身体引きずって今度は近くの内科に飛び込んだんですが、これまた1時間以上待たされ、そこででた結果は「陰性」。。貰ったお薬は漢方と高熱用の解熱剤。

 

もうなんか色んな意味で落ちまくって帰りました。

そこから丸一日は、熱と痛みで唸っておりましたが、ようやく落ち着きを見せ、人心地を得ました。

 

 

正直ね、今回の件はなんというか、徒労感が半端なかったっす。

なんかこう「ひとり相撲感」が。

 

救急車で運ばれるような人っていうのは、ものすごく血が出てるだとか、血液検査したら「あなた!どうしてこんなになるまで放っておいたの!?」とお医者様が血相変えるような数値が出るとか、なんかこう目に見えて「緊急かつ重病である」という人が資格をもっている、と思えるからです。胃腸炎で呼ぶかあ?みたいな、ね・・・

そしてその後も、ふらっふらになりながらインフルの再検査をしに別の病院に赴くのも、「これは紛れもなくインフルエンザ●型です」と言われてはじめて報われる、というか・・・

(なんかおかしなこと言ってる)

 

「・・・・こんなんで夜中に救急車で来るなよ」

「これくらいの症状なら、もう1日待ってから検査来いよ」とか、思われてるんじゃないかなあとか、そんな風に思えてしまうわけですよ。(読んでる人の中にもそういう風に思った人、いるのじゃないかなあ)

 

結局、運ばれてから4日目を経た今。

私は普通に起き上がれるようになり、ご飯も飲み下せるようになりました。さっきなんかコーラとか飲んじゃいました。ちょっと胃がきゅっとしたけど、それもまたよし。(よくない)

でもね、今回のことで、ちょっと考えたことがあります。

 

人によって、痛みの閾値って大分違うんじゃないかなって。

 

私もね、我慢はしないわけじゃないですよ。

というか我慢した上での、決断でした。救急車呼んだのも。

大袈裟だ、と言われたら確かに「てへへ・・・すみませんでがす」としか返せないんですが、私の感覚ではあれは「呼ばずにいられなかった」んです。

 

*   *   *   *   *

昔から、ものすごく「痛み」に敏感な子供でした。

怪我の痛みも腹痛も頭痛も歯痛も、ありとあらゆる痛みにすごく弱くて。元来あまりからだが強くないのか今までの人生でインフルエンザは10回はかかっていると思うのですが、そのたびに一番辛いのは、熱とかダルさよりも、インフル特有の「関節痛」だった。もう足を曲げたり伸ばしたり抱えたり、一晩中逃しようのない痛みにうめいてた(てか今も)。

 

勿論心の傷にも、ものすごくセンシティブでしたわ。悪口とかへの免疫の弱さったら。〇〇ちゃんがあなたの悪口言ってたよ、なんて聞いた日には本っ当に一日目の前が暗くなるくらい落ち込んで、じくじく痛んでた。「そおんなの、気にしなきゃよくない?」とか言ってる子を、マジで超人だと思ってた。

 

そんな私ですから、どうも自分は人より痛みに弱いらしい、とは昔から漠然とは思っていたわけです。そしてそのことを恥じていました。

単純に痛みに弱いって、なんかヤワ、というか「かっこ悪い」じゃないですか。「我慢強い」ってそれだけでなんか格好いいイメージあるし。

 

斉藤一人さんという方が言ってたんですが

「人の脳はストレスを紛らわせるために、痛みを出します。ストレスの負荷を感じさせないために、痛みという形で発散させようとするのです」

これ聞いたときに、なんか私にとってはすごく腑に落ちたんすよ・・・

 

上記の通り、「痛みに弱い」から形作られてきたといっても過言ではない私の人生(イヤだな)、その中でも数年前に引きこもってた時代、私はとにかく痛がってました

首が痛い、肩が痛い(これは現在進行中)、背中が痛い

どこの病院にいっても原因が分からない。

医学的には私の身体は健康体だったのでしょう、でも痛いことはどうにも確かだった。痛くて痛くて夜中泣いてた。

 

そして当時の私は、ストレスフル、というよりもうストレスしか感じてない日々だった。(引きこもりの人は楽してる、と思う人は全く分かっていないと思います。それがどれだけストレスフルなことか)

 

そのストレスを少しでも減らすために、当時あれだけ痛みを感じさせていたのだとしたら・・・と考えたらものすご~く腑にオチたのよ。

 

*   *   *    *    *

だからね。

自分が、痛かったり苦しんだりしてるときに。

「大袈裟だ」とか

「それくらいみんな我慢してる」

って、言われたら、

「ああ、そうか。わたしは我慢が足りないんだ。」とおもうべきだと思ってた。

でも、そう考えた結果、当時の私は楽になれたか?

 

全然です。痛いのは私で、苦しいのは私。

それだけは他の誰にも分かってもらえない。

他人がいう「たいしたことないよ」なんてね、屁のカッパですわ。

そしてその痛みをどうやってひかすことができるのか(その痛みから救い出すか)、を誰より親身になって考えてあげるのも私なんだよな。

 

今回の場合で言えば、病院にいくことなのか、誰かにヘルプを出すことなのか、はたまた我慢をきめこむのか。決めるのは私。

原因不明の首や肩の慢性的な痛みなら

「わたしは、どうしてこの痛みをかんじているのか」を考える。

この痛みを感じることで、本当はもっと感じたくない痛みを感じさせないようにしているのではないか、と考える。

その感じたくない痛みとは、なんなのか、を考える。

 

 

自分の痛みを感じられるのは自分だけ、それを我慢する決断をするのも、逃す術を見つけ出すのも、原因を考えるのも、地球上に自分しかいないんだ、と。

 

*   *   *    *    *

 

長くなりましたが。

だから、結局言いたかったのは、

もう自分が弱いんだ、とか、みんなはもっと我慢してるとか、

そういう風に思うの止めようと思います、というお話でした。

(そうなのか!?)